53歳を迎えるあなたへ

昨日、演劇の練習に参加していきた。
その場で渡された台本を演じる。
人生初めての体験。
これについては、また別途書きたいと思う。

急に私が「人の前に出たい」「表現をしたい」と動き始めたのは、2021年初めのこと。

周りからは、当然「なんで?」と訊かれる。

それに対して、ずっと「こどもの頃からの夢だったの」と答えていた。

それとは別に、最近体調が気になり訪れたクリニックで、ちょうどいまの年齢は10歳の頃の自分と向き合っているタイミングだと言われた。
(その話、詳しくはコチラです→【感情と内臓】

これが、今朝なんとなく、本当になんとなく、でもピタッとピースがハマった気がした。

10歳の頃の私はというと、自分の意見をしっかり言うこどもだった。
自分はこうしたい、こうだと思う…と。
ただ、当時は、「周りを見る」とか、「いまは引く」とか、そんな器用なことはできなかった。

だから、当時の担任の先生に目をつけられた。
私の記憶では、その1年間は先生にいじめられ、またそれを見ていた同じクラスの子たちにもいじめられ続けた。

その1年で、私は自分の意見を言うこと=いじめられることと認識した。
そして、自分が目立つことを極力避け、自分の意見を言うことを控えることにした。

『私の記憶では』と書いたのには、理由がある。

ずっと、私はその1年間のいじめのせいで心に傷を負っていて、人の輪の中に入るのが怖かったし、何かを言ったら「また」総攻撃されると怯えていた。
そして、絶対に目立つまいと頑なに避けてきた。

でも、現実はというと、周りの人から言われたのは「そもそも目立つ存在」ということ。
そして、何かをしてくれそうと、頼りにされることが多かった。
だから、本人の意思とは裏腹に、何かと目立つし、お役目をいただくことが多かった。

あとは、ある程度周りが見えるようになってくると、配慮とか、気遣いというものができるようになってくる。
そうすると、空気を読みながら、意見を言うことができるようになり、別に自分の意見を言ったからといって、総攻撃をされることはないことに気がついた。
万が一、そこで意見が対立したとしても、それはその場の話題についてであって、人間性を否定されるものではない。

恐らく、当時の私は、周りの状況を鑑みず、自分の言いたいことだけを主張していた【かなり我の強い子】だったのではないか。

そうなると、小学校の先生としては、扱いづらい面倒臭いこどもであり、周りの同級生とぶつかるのもなんとなく想像できる。

結果には原因がある。
それを引き起こした何かがある。
自分がそれに気づくかどうかは別として。

そして、そのことに気がつくと、
別に目立つことが悪いことでもなく、また自分の意見をいうこともやり方があることを学んでいく。
何より、自分を表現することが悪であるとか、周りから受け入れられないという思い込みが間違いであったことに気づく。

そうか、自分は前に出てもいいんだ。
表現をしてもいいんだ。
そこに、人から認められないとか、攻撃されるという方程式があるわけではないんだ。

10歳の自分ではわからなかったこと。
いま53歳になった自分が、それを様々な体験から理解できる。

もう、その10歳の頃の思い込みは、解放していい。
そして、また何かが起きたとしても、いまの大人の自分は対処ができる。

もし、いまあなたが53歳を迎える頃で
何か10歳の頃にわだかまりがあるとしたら、
私のように、何か新しいことにチャレンジしようとしたり、
考える局面を迎えているかも知れない。

心当たりがあると思う人は、
ぜひ、一度思い起こしてみて欲しい。

もう、そのネガティブなエネルギーは手放して良いタイミングに来ているのだから。

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COMPANERO〈コンパニェーロ〉|前へ歩き出すことを決めたあなたをサポートするカウンセラーです、一緒に一歩ずつ自分自身を取り戻していきましょう。